第一航測連隊があつた 【段子川をブラタモリ 03】

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泉1丁目の湧水から段子川を遡ると、姫街道に出ました。
航空自衛隊浜松基地の南東の角です。

▲PCでクリックすると大きくなりすぎます、ごめんなさい

姫街道の東側に、伴走するように走っている道路は、通称「電車道」。
昭和39年まで、遠州鉄道・奥山線が走っていて、
このあたりには「小豆餅」という駅がありました。
第一航測連隊があつた 【段子川をブラタモリ 03】


小豆餅、とは、そういう地名なのです。 詳しくはこちら。
奥山線小豆餅駅については、こちらのサイト
地図の右に3つ並んでいるボタンのうち、(1922年)と(1962年)をクリックしてください。


さて、その電車道から、下流をふり返る。
「かみだんずばし」ですって。
うん、ちゃんと段子川だぞ。



上段子橋から上流をのぞむ。


後日、晴れた日の様子。
クリックすると大きくなります



住宅地や公園に翻弄されつつ、見当をつけて川をたどっていったら‥、


ありゃ、こんなに細くなっちゃった。


水はきれいです。



そして、水のみなもとを目指し、
4車線の通りを渡ってみたら、水路がない!
なんか、いいかんじの小さな緑地帯になってる??


パニクって緑地帯の写真を撮るのも忘れ、
4車線の通りを横切り、さっきの水路を目指すと、がーん。
暗渠になってました。。



さっき「細くなっちゃった」って写真を撮った時に、
水路ノ上流ヲ見レバ、ワカルコトダッタ。。。
(その写真の上の奥に、緑地帯が少し写っています。)


これ。ここから暗渠です。
PCのグーグルマップで見ると、シダックスの西側の、
町名番地の「6」という数字のあるあたりです。
グーグルマップではこの水路をかなり太く書いてあるけど、それはまちがい。



さっきの細い水路のところに戻り、
長ぁく住んでそうなおじいさんが通りかかったので聞いてみたら、
この細い水路は、もと軍隊の排水路なんだそうです。


排水路といっても、今も水は少し流れているので、
湧水がどこかにあって、もともと小川だったんでしょうね。


おじいさん曰く
「『藤屋』ってそば屋んとこまでは軍隊の排水路。
藤屋の前で排水路が段子川に入るだよ」と。


藤屋の北側の、「小豆餅子供の遊び場」という公園に、
こんな立札がありました。



「旧陸軍航空通信隊第130部隊」。
旧陸軍の、航空通信隊なんだ。
調べてみましたら、旧日本軍って、「空軍」はなくて、
航空は陸軍の一部だったんですね。知らなかった!


こちらのサイトによりますと
『小豆餅には、第一航測連隊という部隊が一九四二年に置かれました。
この部隊は方向探知機や対空無線機を使って
作戦の支援や航空機の誘導をする航測手の基本教育をおこないました。
空襲が激しくなった四五年の七月には滋賀県の日野町に疎開しました。
アジア太平洋での戦争の拡大にともない、
この基地建設のために土地の強制的な収用がおこなわれました。
連隊の桜並木が残っています。』



で、おじいさんの言うとおり、「藤屋」さんの前で、
もと軍隊の排水路が、段子川に合流していました。




美しくない写真で申し訳ないんですが、
Y字になってるんですよね。
手前が旧連隊の排水路、
左手のコンクリの暗渠から流れてくるのが段子川。



で、段子川、ここから上流は暗渠になっちゃうんです。
どう探したものか‥!


浜松人も知らないオドロキの次回へつづく。

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土地を強制的に収用してまでつくられた第130連隊って、
どのくらいの大きさだったんでしょう?

こちらのサイトによると「裏門が二つあった」そうです。
北の裏門は見当がつくのですが、
西側にあったとされる裏門の位置は、私はわかりかねます。
東西に走っている最も太い道路のところではないかなぁ、と想像します。
そして、東の端は、おそらく現在の住吉バイパスあたりではないかと。。

そうであれば、南北約1Km、東西約500~600mくらいの大きさですね。





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